2010年09月16日

9/15更新分目次

哲学書評
「アリストテレス化の意義(坂下浩司『もの/こと、個体/普遍――リアルなものを求めて』)」
(1)(2)(3)(4)(5)(6)
パーソナル格言集
「研究人生は……」
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アリストテレス化の意義(坂下浩司『もの/こと、個体/普遍――リアルなものを求めて』)(1)

アリストテレス化の意義
坂下浩司『もの/こと、個体/普遍――リアルなものを求めて』(中畑正志編『岩波講座 哲学〈2〉形而上学の現在』pp. 75-91.)

内容

はじめに アリストテレス学的観点から
一 ラムジーとラッセルの対立が意味するもの
  ――構成要素/関係という問題
二 個物を消去する試みの不十分さと偶然的結合体としての個物の問題
  ――個物は普遍的性質/個別的性質の束なのか、性質プラス基体なのか、どちらでもないのか
三 部分としての実体を拡張しつつ含む付帯的な全体、偶然的結合の原因としての指定質料
  ――リアルなもの、個物と性質の実体/内属性モデルから可能態/現実態モデルへ
おわりに アリストテレス学的展望
――「可能態/現実態」モデルの一つの展開としての伝統的な「質料/形相」モデルの問題点と、もう一つの可能な展開

(書名からのリンクはAmazonです。また、書名なしでページ数のみの参照は『岩波講座哲学02形而上学の現在』です。)

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アリストテレス化の意義(坂下浩司『もの/こと、個体/普遍――リアルなものを求めて』)(2)



ブレンターノにとって、「リアルなもの」、<もの>の概念こそが形而上学の根本であり、思考の唯一の真の対象だ。続きを読む
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アリストテレス化の意義(坂下浩司『もの/こと、個体/普遍――リアルなものを求めて』)(3)



1
本論文は、ラムジーのラッセル批判、ラッセルの個体論、ブレンターノの「リアルなもの」論、バーグマンやメーツのアリストテレス研究を概観して、アリストテレスの生物学の著作の形而上学的な重要性を示唆している。しかし、その議論や論述にはいくつか重大な問題点があると思われるので、五つの点について以下述べていきたい。

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アリストテレス化の意義(坂下浩司『もの/こと、個体/普遍――リアルなものを求めて』)(5)

4
第三の問題点は、本論文はいろいろな学説をアリストテレス的かどうかの観点から評価しているが、その評価が議論を混乱させているのではないかということである。続きを読む
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アリストテレス化の意義(坂下浩司『もの/こと、個体/普遍――リアルなものを求めて』)(6)

6
最後の問題点は、著者はアリストテレス哲学用語をしきりに使用するが、その意味が極めて不明確なことである。続きを読む
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「研究人生は……」(パーソナル格言集)

研究人生はバクチ人生である。

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2010年09月02日

9/1更新分目次

哲学書評
「形而上学と経験的知識(鈴木泉「「形而上学」の死と再生」)」
(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)
私家版哲学事典
「奨学金」
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形而上学と経験的知識 (鈴木泉「「形而上学」の死と再生」)(1)

形而上学と経験的知識
鈴木泉「「形而上学」の死と再生」(中畑正志編『岩波講座 哲学〈2〉形而上学の現在』pp. 49-73.)

(書名からのリンクはAmazonです。本文の参照ページ数は『岩波講座哲学02形而上学の現在』からです。)

内容

はじめに
一 システムとしての「形而上学」
1 「存在−神−論」としての形而上学――アリストテレスとハイデガー
2 存在−神−論としての形而上学形成史探求の意義
3 システムとしての形而上学の形成――存在−神−論の系譜学素描
二 超越論哲学としての「形而上学」
1 存在の一義的概念の誕生
2 超越論哲学の生成
三 形而上学と共に/的に思考すること
1 形而上学の超出――存在的差異とは別の仕方で
2 超越論的経験論と存在の一義性の哲学の貫徹
おわりに
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形而上学と経験的知識 (鈴木泉「「形而上学」の死と再生」)(2)

2
このような構想が真剣に受け止められたのは、1980年以降のフランスにおいてであった。続きを読む
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形而上学と経験的知識 (鈴木泉「「形而上学」の死と再生」)(3)


1
だが、このようなシステムとしての形而上学が誕生するためには、一義的な「存在の概念」が獲得されねばならない。続きを読む
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形而上学と経験的知識 (鈴木泉「「形而上学」の死と再生」)(4)


ここに描かれた形而上学の歴史的形象に対してどのような態度を取ることができるだろうか。形而上学と共にないしは形而上学的に思考することの可能性を、そのいくつかの現代的な形象をモデルに描くことにする。

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形而上学と経験的知識 (鈴木泉「「形而上学」の死と再生」)(5)



1
本論文はアリストテレス以降の形而上学の歴史を概観し、その中の二つの主要な流れ、つまり存在−神−論と超越論哲学の系譜を取り出して、現代フランスの哲学と対応させたものである。続きを読む
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形而上学と経験的知識 (鈴木泉「「形而上学」の死と再生」)(6)

3
第二に、上記の点と関係するが、著者が「カノンとなるテクスト」(p. 60)と言っているところも私には気になった。続きを読む
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形而上学と経験的知識 (鈴木泉「「形而上学」の死と再生」)(7)

5
最後に、本論文は形而上学の歴史を追うだけで、それと科学や技術との関わりを視野に入れていない。これは、次の三点により本論文の本質的な欠陥ではないかと私は考える。
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posted by 三好 at 03:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「奨学金」(私家版哲学事典)

奨学金(しょうがくきん)

1高学歴が高収入をもたらす社会でのみ合理性を持つ融資。
2大学教授に給料を払うために学生が負う借金。
posted by 三好 at 03:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 私家版哲学事典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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