2011年01月27日

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哲学書評
形而上学の限界論の限界
(斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)
(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)(12)(13)(14)(15)(16)
コラム
因果関係と後件肯定
Tricky Questions
Is “none” singular?
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形而上学の限界論の限界 (斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)(1)

形而上学の限界論の限界
斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」
(中畑正志編『岩波講座 哲学〈2〉形而上学の現在』pp. 213-250.)

内容

一 形而上学とその批判
二 形而上学、ふたたび
1 「所与‐所識」の形而上学
2 「個体性」の形而上学

(書名からのリンクはAmazonです。ページ番号のみによる参照は『岩波講座哲学02形而上学の現在』へです。)

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形而上学の限界論の限界 (斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)(2)


ここで私が試みたいのも、この形而上学をあらためて遂行し直すことである。続きを読む
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形而上学の限界論の限界 (斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)(3)

だがこの「所与」は、すでに一つの<意味的なまとまり>すなわち「所識」となっている。続きを読む
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形而上学の限界論の限界 (斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)(4)

2
「すべて」と「存在」との重ね合わせは、必ずしもアブリオリに絶対的なものとは限らない。続きを読む
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形而上学の限界論の限界 (斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)(5)

「形式」すなわち「かたち」は、(「質料」から)「離れて」・「それ自体で」存在するという性格を保持している。続きを読む
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形而上学の限界論の限界 (斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)(6)



0
本論文は、まず著者独自の形而上学についての見方を開陳し、次に現代の代表的な形而上学として廣松渉の四肢構制論を取り上げ、その所与と所識に関する考え方を批判し、そしてアリストテレスの『形而上学』の形相と質料の枠組みの限界を指摘したものである。本論文の長所は、廣松とアリストテレスの形而上学の一部についての詳細な吟味が見られることであり、短所は著者の議論のいくつかの部分に十分な根拠が欠けていることである。以下、著者独自の形而上学観、廣松哲学批判、アリストテレス批判、結論、そしてその他の五つのパートに分けて、疑問点をあげてみたい。
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形而上学の限界論の限界 (斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)(9)

1-4
著者の形而上学観に関する第五の疑問点は、形而上学の完遂によって外部に立てるかということである。続きを読む
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形而上学の限界論の限界 (斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)(11)

3
3-1
アリストテレス批判について。著者によるアリストテレス批判の要点は、その「質料‐形相」論によっても「潜在性-顕在性」論によっても「これ」性を説明できないというものである。この議論が本論文の中心なので、そのステップごとに見ていきたい。続きを読む
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形而上学の限界論の限界 (斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)(12)

3-3
3-3-0
かくして、形相、質料、およびその結合体のいずれにも「これ」性を否定した著者は、アリストテレスは「潜在性-顕在性」論に「これ」性の根拠を求めたと考える。著者のアリストテレス解釈によれば、「<「質料」はその「潜在性」においてすでに「これ」である>」のであり、「<「質料」はそれが顕在化したときにはその「これ」性を「形相」に譲り渡す>」(p. 242)という。
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形而上学の限界論の限界 (斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)(13)

3-3-3
さらに、質料、形相、始動因と自然の関係もよくわからない。著者は前三者の関係を詳しく論じた後、「以上の新たな理論構成を集約したかのような箇所を引こう」と言って、次のアリストテレスからの引用によって総まとめ的にそれらを自然と関連づける。
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形而上学の限界論の限界 (斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)(14)

3-4
さて、以上のような検討の末、著者は「潜在性-顕在性」論でも「これ」性は説明できないと主張するに至る。
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形而上学の限界論の限界 (斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)(15)

3-5
そして、最終的に著者は、アリストテレスの実体論のこの展開に、形而上学の貫徹・完成・破綻・解体を見て取る。
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形而上学の限界論の限界 (斎藤慶典「形而上学は(なぜ)批判されなければならないか」)(16)

5
その他の部分について。実質的な議論の内容とは直接関係しないが、読んでいて気になった点があるので、二つあげてみたい。それは、文体と「形而上学」の意味についてである。
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posted by 三好 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

因果関係と後件肯定

先日、ある著名なブロガーのブログに次のような一節があった。哲学的に興味深いので検討してみたい。
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posted by 三好 at 17:42| Comment(2) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Is “none” singular? (Tricky Questions)

Question.
Is “none” singular?
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posted by 三好 at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | Tricky Questions | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

1/15更新分について

多忙のため1/15の更新は数日延期します。
あしからずご了承ください。
posted by 三好 at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 動静 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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