2011年01月27日

因果関係と後件肯定

先日、ある著名なブロガーのブログに次のような一節があった。哲学的に興味深いので検討してみたい。


岩田規久男氏の新刊『経済学的思考のすすめ』には「帰納法で議論するのはトンデモ経済学で、本当の経済学は演繹法で議論する」と書かれているが、そこで彼は帰納法の一つとして「アブダクション」をあげ、次のような推論がその例だという:

「Aは努力したから金持ちになった」したがって「金持ちになるには努力すればよい」

これはアブダクションでも帰納でもなく、後件肯定の虚偽という詭弁である。岩田氏は「経済学は仮定にもとづいて演繹するから科学的だ」というが、その仮定はどうやって導くのか。仮定が誤っていれば、演繹の推論が正しくても結論は偽である。アブダクションとは、仮定を発見する方法論としてパースが提案したものだ。
(池田信夫「嘘と錯誤と詭弁」http://news.livedoor.com/article/detail/5272797/

批判する側にもされる側にもいくつかの混乱が含まれているようである。まず、帰納法にアブダクションは(帰納法を非演繹的推論一般と解しない限り)含まれない。大雑把に言って、前者は法則を導き、後者は原因や説明を導く。次に、アブダクションは非演繹的な発見法だから、伝統論理や命題論理の枠内に置けば必ず何らかの誤謬や詭弁になる。特に、結果から原因を発見する典型的なアブダクションは、形式上、後件肯定の誤謬とされてもおかしくない。だから、上の例の推論は後件肯定の誤謬だからアブダクションでない、とは言えない。

そこで、次に上の例の推論がアブダクションかどうかを考えよう。上の例文を整理すると、次のような二つの文になる。
(1) Aは努力したから金持ちになった。
(2) 誰であれ努力すれば金持ちになる。
(1)から(2)を導くのがアブダクションだと言うのは奇妙だろうと思う。それは原因や説明の発見ではなくて、過度の一般化あるいは不十分な帰納だからである。(時制の違いは説明をわかりやすくするため無視する。)すなわち、「努力したから金持ちになった」がAについて真だという理由で、すべての人についても真だと推論している。これに対して、「Aは金持ちになった」という結果から「Aは努力した」という原因を見つけるのが典型的なアブダクションである。

今度は、上の例の推論が後件肯定の虚偽かどうかについて考える。後件肯定の虚偽とは、「AならばB」および「B」から「A」を導く推論である。しかるに、第一に、(1)は因果関係を表す接続詞「から」(日本語文法上では接続助詞)で結ばれた文であり、条件文ではない。第二に、(1)はある個体Aについての命題を表すのに対し、(2)は全称命題を表す文である。第三に、(2)の前件と後件はそれぞれ(1)の前件と後件に対応しており、よって(2)は(1)の後件から前件を帰結するものではない。したがって、(1)から(2)への推論は後件肯定の虚偽でないことになる。

また、仮に(1)の後件を肯定するとどうなるだろうか。(1)は因果関係を表す文である。一般に、出来事CとEの間に因果関係が成り立つとき、次の命題(conditio sine qua non)が成り立つと考えられている。
(3) Cが起きないならばEも起きないだろう。
これを(1)に当てはめると次のようになる。
(4) Aは努力しなかったならば金持ちにならなかっただろう。
ここで、(4)の対偶をとると次の命題が成り立つ。
(5) Aは金持ちになったのならば、努力している。
(5)は(1)(正確には(1)を条件文に書き換えたもの)の逆、すなわち(1)の後件を肯定して前件を導くものだと解釈できる。したがって、(1)の後件肯定は必ずしも虚偽ではないと言ってよいだろう。(ただし、(4)は反事実条件文なので、伝統論理や命題論理と同じように対偶をとってよいかは議論の余地がある。また、因果関係の内包性や自然言語の法や時制などのため、以上の議論はいろいろなステップで厳密には問題をはらんでいる。)
posted by 三好 at 17:42| Comment(2) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
突然のメールですみません。大変、ご迷惑かもしれませんが、記事の中に論理的な誤りがあったので、ご指摘させていただきます。記事の中に、次のような記載があります。
「仮定が誤っていれば、演繹の推論が正しくても結論は偽である」
これは次のように書き改めたほうがよろしいかと思います。
「仮定が誤っていれば、演繹の推論が正しくても、結論は真のこともあれば偽のこともある」
私のことを題材にしているサイトもありますので、ご参考までに挙げておきます。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=2000216&tid=bbtc0nbda8bbva1a1e0dl8a65f&sid=2000216&mid=1&type=date&first=1
大変、失礼いたしました。それでは、良いお年をお迎えください。

Posted by 市川秀志 at 2011年12月30日 05:14
>市川さん

確かに正しいご指摘です。しかし、それは池田氏のブログからの引用箇所なので、私が書き改めるわけにもいきません。
Posted by 三好潤一郎 at 2011年12月31日 04:18
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