2011年06月25日

他者・道具・神(熊野純彦「他性と超越」)(10)

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最後に、他者とのコミュニケーションについて。著者は独自の言語論を展開し、他者と<わたし>の関係に当てはめている。それらについて検討してみたい。

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著者は言葉について次のように主張する。

ことばによって語るとは、……、すでに「語られたこと」を繰りかえすことではないだろうか。置き換えを拒む、どのような「語ること」それ自身も、無限に反復可能な語彙を使用し、繰り返し使用可能な文を形成することによってのみ語りだされるからである。(p. 178)


しかし、この主張にはいくつかの誤りが含まれていると私は考える。第一に、反復可能であることはすでに使用されたことを意味しない。例えば、新語やある程度複雑な表現の初めての使用などがあり得る。やや空想的な例でもよいなら、自分が作ったばかりの新しい人工言語(エスペラント語のような)を初めて使用して日記を書く、というような場合もあるだろう。また、流行語の中にもまだ新しいものとすでに陳腐になったものの違いがあるが、この事実を著者の見方では説明できない。第二に、同一タイプの言語表現の使用が同一の内容を語ることになるとは限らない。例えば、「私は今ここにいる」は発話者、発話時点、発話の場所に応じて異なる内容を持つ。それがすでに語られているような場合は極めて稀だろう。第三に、同一タイプの言語表現でも使用のされ方によって異なる意味を表現できる。例えば、会話の含みや表現の不真面目な使用によって、発話がその場その場で独自の意味または情報を聞き手に伝達することが可能である。この場合、「語られたこと」の繰り返しでないのは明らかであろう。

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さらに著者は次のように論を進める。

ことばとはたんなる記号、反復可能性によって意味を持つ記号にすぎない。いっさいはもはや表現され、言いつくされている。すべてが語られたことであり、すでに言いつくされているとは、いまここで<わたし>が語ることばは、自分が意味し、言おうとすることを、それ自体としてはだんじて意味しないということではないだろうか。/たとえば、二度と会うこともないだれかに訣れを告げるとしよう。語られたこととしての「さようなら」とは「それでは」というほどの意味をもつことと思われる。<わたし>はそのとき、ふたたびまみえることもないだれかに「それでは」と意味したいのだろうか。<わたし>はなにかべつのことを言おうとしているのではないだろうか。(p. 178)


しかし、ここにもいくつか誤りがあると私は考える。その理由は次の通りである。

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第一に、「いっさいはもはや表現され、言いつくされている」から「いまここで<わたし>が語ることばは、自分が意味し、言おうとすることを、それ自体としてはだんじて意味しない」というのはおかしい。というのも、むしろ日常的には、すでに何度も語られたことだから自然に通じるという場合が多いからである。例えば、「おはよう」「こんにちは」「いただきます」「ありがとう」「すみません」などの挨拶や儀礼の言葉がそうである。「すみません」を勝手に変な表現に言い換えたら、かえって謝罪の意味で受け取られないだろう。

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第二に、同じ箇所について、<わたし>が今ここで使用した言葉が事実としてそれ以前に使用されていたかどうかが、その言葉が<わたし>の意図する意味を表すかどうかと関係するとは、論理的に考えられない。なぜなら、言語表現の意味は使用された語彙と文法と話し手の意図と発話環境によって決まるのであって、その表現の要素または全体が以前使用されたことがあるかどうかには依存しないからである。<わたし>が他者に語る言葉がそれ以前に<わたし>の知らないところで使用されたことがあるかどうかは、<わたし>にとっても相手の他者にとっても偶然的な事実に過ぎない。

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第三に、「さようなら」という発話は「それでは」を意味するのではない。その発話は、頭を下げたり手を振ったりするのと同じような表現行為であり、言語行為論で言う行為遂行的発話である。(サールによる言語行為の分類では表現型(expressives)の特殊なもの(“I verb you”の形式を持たない)になるだろうか。参照、ジョン・R・サール(山田友幸監訳)『表現と意味―言語行為論研究』誠信書房(2006)、第一章)したがって、その発話は記述的な意味のやり取りとして機能するのではない。ゆえに、この発話は少なくとも「<わたし>はなにかべつのことを言おうとしている」というための例としては不適切である。
posted by 三好 at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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