2011年04月02日

技術論と日本観 (村田純一「技術への問い」)(8)

1-1-2
第二に、著者による近代技術と伝統技術の二分法には、それ以外の視点からの技術の区分を見えなくするという問題点がある。続きを読む
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技術論と日本観 (村田純一「技術への問い」)(9)

1-2
1-2-1
著者が日本の工業の実態を技術論から評価していることについて。続きを読む
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技術論と日本観 (村田純一「技術への問い」)(10)

1-1-3
著者が日本の近代史をある種の成功譚と捉えていることについて。続きを読む
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技術論と日本観 (村田純一「技術への問い」)(11)

3
本論文は、西田哲学の技術論を援用しつつ、日本の例を用いて技術と近代の関係をめぐって技術決定論と社会構成主義の比較をしている。続きを読む
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2011年03月16日

哲学と日常性 (野家啓一「科学のナラトロジー」)(1)

哲学と日常性
野家啓一「科学のナラトロジー――「物語り的因果性」をめぐって」
(『岩波講座 哲学〈1〉いま“哲学する”ことへ』岩波書店(2008) pp. 51-72.)


内容

一 原因の探究
二 因果概念の諸相
三 因果概念無用論
四 物語り的因果性

(書名からのリンクはアマゾンです。また、書名なしの参照は『岩波講座哲学01いま<哲学する>ことへ』に対してです。)
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哲学と日常性 (野家啓一「科学のナラトロジー」)(2)


「原因」を表す英語の名詞”cause”は、同時に「(結果を)引き起こす」「……をもたらす」「……させる」といった他動詞としての用法をもつ。続きを読む
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哲学と日常性 (野家啓一「科学のナラトロジー」)(3)


現在、科学の主要な役割は現象の背後にある因果的なメカニズムを解き明かすことだと考えられている。続きを読む
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哲学と日常性 (野家啓一「科学のナラトロジー」)(4)


レヴィ=ストロースは『野生の思考』において、続きを読む
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哲学と日常性 (野家啓一「科学のナラトロジー」)(5)



0
本論文は、因果関係の概念を日常的な因果理解に基づくものとし、物語り的因果性として説明しようとするものである。続きを読む
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哲学と日常性 (野家啓一「科学のナラトロジー」)(6)

1-2
さらに、これらを用いた著者の記述には矛盾または飛躍がある。続きを読む
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哲学と日常性 (野家啓一「科学のナラトロジー」)(7)

1-3
さらに次の箇所は、「ミクロスコピック」の定義との間の矛盾その他の問題点を含んでいる。
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哲学と日常性 (野家啓一「科学のナラトロジー」)(8)

2
2-1
2-1-1
個別的な瑕疵を離れても、本論文にはその議論全体の方向性と論じ方に疑問点がある。続きを読む
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哲学と日常性 (野家啓一「科学のナラトロジー」)(9)

2-1-2
この見方が正しいなら、科学的なまたは専門的な概念を生活世界的な概念に還元することは、それをベールで覆い隠そうとすることであり、真理探求性に反することであろう。続きを読む
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哲学と日常性 (野家啓一「科学のナラトロジー」)(10)

2-1-3
それから、日常的な因果理解には科学的な因果理解にない独自のものがあるのかという疑問もある。続きを読む
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哲学と日常性 (野家啓一「科学のナラトロジー」)(11)

2-2
最後に、本論文の論じ方について。続きを読む
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2011年03月02日

3/1更新分目次

哲学書評
理性と現代(伊藤邦武「理性と非理性」)
(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)
私家版哲学事典
「ソニー」
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理性と現代(伊藤邦武「理性と非理性」)(1)

理性と現代
伊藤邦武「理性と非理性」
(飯田隆他編『岩波講座 哲学〈1〉いま“哲学する”ことへ』岩波書店(2008) pp. 31-50.)

内容
一 理性の限界をめぐる対立
二 対立への対処のかたち
三 対立を通じた創造

(リンクはAmazonです。)

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理性と現代(伊藤邦武「理性と非理性」)(2)


これら二つの立場の関係を、次の二つのテーゼに還元して考えてことにしたい。続きを読む
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理性と現代(伊藤邦武「理性と非理性」)(3)


第三の道は、理性にたいする内側からの批判と外側からの批判とを共に価値あるものと認め、その批判どうしのぶつかり合いのなかに、新しい価値創造の糸口を見つけようとする考え方である。続きを読む
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理性と現代(伊藤邦武「理性と非理性」)(4)



0
本論文は、人間の理性と非理性の関係がどのようなものかについて、いろいろな哲学の学派からの考察を紹介している。続きを読む
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